チョコレートの故郷を訪ねてメキシコ、ベリーズ、ホンジュラスなど、メソアメリカのカカオ農園やマヤ遺跡を訪ねた時、あちこちにメソアメリカの人々が昔から使っていたカカオやトウモロコシを摩砕する道具が展示されていました。
それは、表面がざらざらした石の板(メタテ)と棒(マノ)で、現地の女性たちはそれを使ってカカオ飲料を作っていました。よく見ると、メタテは中央がわずかに凹み、マノはそれに合うように中央がわずかに膨らんでいて、マノをメタテにこすり付けて何度も摩砕すると、融けたカカオが中央に集まって下に落ちていく仕組みになっていました。
メソアメリカの日中の気温はココアバターの融点よりも高いので、メタテとマノで摩砕すれば自然にとろりと融けたカカオが出来上がります。
16世紀にメソアメリカからカカオをヨーロッパに持ちこんだ人々も、最初はメタテとマノと同じ方式でカカオを摩砕しましたが、気温が低いので、石の下から炭火で温めなければ融けたカカオを作れませんでした。そのような時代が約300年も続きましたが、蒸気機関が発達した19世紀には回転式の摩砕機が完成し、摩擦熱で摩砕機の温度が上がるために、外から温めなくても融けたカカオを摩砕できるようになりました。
現代のチョコレート工場では、2メートルほどの幅の広いリファイナーを数台回転させて、大量にカカオを摩砕しています。
私は、古代メソアメリカと同じように、直接自分たちの手でカカオを摩砕する方法はないものかと思案した結果、日本古来の石臼の利用を思い立ちました。
ただし、石臼でカカオを細かく摩砕するには、解決しなければならない二つの問題がありました。一つは、石臼の温め方、二つ目は細かく摩砕できる石臼の構造です。私が相談した東広島市の(有)石の三徳さんと岡山県矢掛町の(有)井上石材さんが、約1年にわたる試行錯誤を繰り返して、二つの問題を解決してくれました。その結果、世界で初めて「手回しの石臼によるカカオの摩砕装置=ショコラミル」が誕生しました。
もちろんショコラミルでは、大きなチョコレート工場のような細かい摩砕はできません。しかし、石臼の上からカカオニブを入れてぐるりと臼を回転させて数分後にとろりとしたチョコレートが出来る感動と、ちょっとツブツブ感が残るチョコレートを味わう中で、遠いメソアメリカと私たちの故郷が融けあうような気分になります。
ショコラミルには、さまざまなカカオ豆を選んだり、甘さを自由に調節したり、ミルクやナッツを入れたり、生クリームと混ぜて生チョコにするなどのさまざまなカスタマイズの可能性があります。また水車利用や電動式などの工夫も可能です。
皆さん、ショコラミルをぐるりと回して、自分の手で自分のためのチョコレートを作る楽しみを味わってください。
ショコラミルプロジェクトリーダー
広島大学名誉教授 佐藤 清隆
Profile 佐藤 清隆(さとう
きよたか)。
ショコラミルプロジェクトの発案者であり、世界のチョコレート研究の第一人者。1946年生まれ。工学博士。専門は食品物理学。アメリカ油化学会「Stephane
S.Chang賞」、「Alton
E.Bailey賞」、世界油脂会議「H.P.Kaufmann Memorial
Lecture賞」ヨーロッパ脂質科学技術連合「European
Lipid Technology
賞」等を受賞。近著に『チョコレートの科学』(大澤俊彦、木村修一、古谷野哲夫氏と共著、朝倉書店2015年)、『カカオとチョコレートのサイエンス・ロマンー神の食べ物の不思議』(古谷野哲夫氏と共著、幸書房
2013年
)、『脂質の機能性と構造・物性ー分子からマスカラ・チョコレートまでー』(上野聡氏と共著、丸善出版
2011年)など。写真はオランダのサーン風車公園にて。オランダは18世紀から現在までカカオの最大の貿易国で、かつては風車でカカオ豆を磨砕していた。